恋唄調

 

夜半。静まった邸内に琴の音だけが響く

弾いているのはこの館の主。周瑜の奏でる調べ。
室内にいるのは、周瑜ともう一人、彼の主である孫策だけである。

孫策は榻の上に寝転び、片手に酒の入った杯を時折口元に運びながら、瞳は先ほどから、見事な調べを奏でる周瑜から離さずにいた。

細い指先が器用に七弦の上を行き来する。

周瑜は久し振りに愛用の琴に触れるのが嬉しいのか、口元にあるかなしかの小さな笑みを浮かべ、思うままに奏でていく。

やがて、一曲を終わらせる小さな音の残響のみを残して、周瑜はようやく顔をあげた。

伯符、どうかしたのですか?先ほどからずっと私の顔ばかりみて」
「ああ…いや…」

黒曜石の瞳でみつめられ、孫策は応えに窮する。珍しく歯切れの悪い孫策の様子に周瑜は笑みを深くする。

「貴方が考え事とは珍しい。明日は雨でしょうか」
「あのな…」

外見に騙されがちだが、周瑜は案外人の悪いところがある。普段は澄ました顔で孫軍の中にいるので、軍の中でもこういう周瑜の様を知るものはほとんど皆無だろう。

だが、それ由に、自分だけがこういう素の姿に触れられるのと思えば悪くはない。

「お前も馬鹿だなぁと、ふと思っただけさ」
「は…?」

周瑜は思いもよらぬ主の言葉に僅かに驚いたように目を瞬かせる。
幼い頃から、才気を誉められたことは数限りないが、面と向かって馬鹿だと言われたのは初めての経験だった。

公瑾…」

孫策は周瑜の元へと回り込み、周瑜のほっそりとした形の良い指先を己の大きな掌で包み込む。

「綺麗な手だよ。お前の手は。本来ならこうやって琴を奏でるほうが似合いの手なのにな」

そう言って孫策は周瑜の掌を包んだまま押し戴くようにする。

周家という名門に生まれ、孫家何するものぞといわんばかりの周囲の圧力にも決して自分の意思を曲げず、孫策が旗揚げのときには真っ先に手勢ばかりでなく、船や兵糧と共に駆けつけた。

そのとき、周瑜は言ったのだ『全てはこの乱世を終わらせる為の戦だ』と。

本当は誰よりも戦を嫌い、剣をふるって人を殺めることを厭う。
けれども、その類稀なる頭脳は時として剣で人を殺めるよりも、それを遥かに凌ぐ血を流す策を導き出す。

こうして、心の赴くままに琴を奏でている姿のほうが本来の周瑜の性分なのであろう。
それを知っていて孫策は周瑜に献策を命ずるのだ。

時折、思うのだ。もし自分と出会わなければ周瑜はもっと平穏な人生を送れたのではないかと。

「伯符、そんなことを気にしていたのですか」

周瑜は孫策の言わんとすることを知って苦笑する。

「私は貴方の臣ですよ。貴方の為だけに仕える。そう決めたんです」

だから何も気にすることはないのだと、周瑜は微笑む。

その微笑みはいつも幕僚たちにみせる口角を僅かにあげるだけの笑みと違い、孫策だけにみせる花が綻ぶごとくの笑み。

まさに咲き誇る美貌といっていいだろう。

「お前その笑み、絶対に他の奴らの前でするなよ。ただでさえ、荒くれものが多いんだ。そんな笑みを見せられたら、のぼせる奴がでてこないとは限らん」

「おや?伯符は私の腕をお疑いですか。そんな間の抜けた輩の二人や三人、どうにかできないとでも?」

悪戯っ子のような楽しげな光を瞳に宿し、くすくすと笑う。

その姿の何と、魅惑的なことか。孫策は参ったといわんばかりに溜息をつき、周瑜の手を引くと、自らの腕の中へと閉じ込める。

「まったく、お前は。お前が女だったらまさに傾城の美女だ」
「残念ながら私は女ではありませんが、貴方の為なら城くらい、いくらでも傾けてみせましょう。手始めに会稽でも…」

「ああ、そうだな」

傾けるのは敵国の城と言ってのける周瑜に孫策は笑いながら唇を寄せる。

そのまま床の上に倒れこむと周瑜の艶やかな黒髪が扇のように広がる。

「お前と俺とで天下を取ろう」
「ええ。必ず」

睦言と呼ぶには些か相応しくない台詞だが、周瑜の首筋に鮮やかな朱の刻印を刻む頃には強い光を放っていた瞳はこれから行われる行為を予想して潤み始める。

伯符…ここでは背が痛い」

臥牀へ連れて行けとの言外への訴えに孫策は承知とばかりに周瑜の身体を抱き上げる。
重なり合う二人の姿を知っているのは窓から差し込む月明かりだけだった。






コメント

初書き策瑜。うちの周瑜さんは孫策に心底惚れています。まさに孫策命(笑)
孫呉の天下の為ならどんな手でも使ってみせるくらいの勢いです。でもこの二人はどーしても遠恋が多そうですね…。だからこそたまに二人になるとイチャイチャvV