〜お悩み相談〜 碧眼児編 

僕は姓名を孫権、字は仲謀といいます。

実はちょっと困ったことがあります。それは僕の兄のことなんです。正確に言えば、兄と兄の友人というところでしょうか。

僕の父は、江東の虎と呼ばれるとても強くて格好いい父です。

僕の兄上もとても父上を尊敬していて、いつか父上のように強くなるんだといって、武芸に精を出しています。

でも、僕はいくら鍛錬を積んでも弟の翊にも負けちゃうくらい弱いんです。兄上には『もっとしっかりしろよ!』って言われました。でも、兄の友人である公瑾は『仲謀殿は仲謀殿。他の誰とも比べることないよ』って言ってくれる。

僕はそんな優しい公瑾が大好きだ。

公瑾は物知りで、たくさんの書について教えてくれる。楽器も上手くて、特に琴なんて聞いていると、うっとりとしてしまって暫くは他の何をやってもぼうっとしてしまうくらいだ。
そして武芸も。兄はもちろんのこと、公瑾もすごく強い。公瑾は綺麗で穏やかで、とてもそうは見えないけど、大人を相手にしても負かしちゃうくらい強い。

本当に凄い。そんな兄たちには僕の気持ちなんて解らないんだ…ってある日、兄上に言ったら、吃驚するようなことを教えてくれたんです。

『実は…これは内緒の話なんだけどな、公瑾は女の子なんだ』

僕は本当に吃驚して、思わず大きな声をあげてしまいました。

『し、声が大きいぞ、権』

僕は慌てて口を両手で押さえます。

『公瑾は、あの通り、父君も早くになくされ、兄上も洛陽に行っておいでで不在だろう?そこでだ、体の弱い母上を守る為に公瑾は男装をして、武術の腕を磨いてきたんだ。俺には言わないが、それこそ血の滲むような努力をしてきたはずだ…』

だからと兄は続ける。女の子の公瑾があれだけ強いんだ。お前だってもっと、強くならないと公瑾に笑われるぞ、と。そして男と男の約束だ。誰にも言うなよと兄は念を押したので、僕は父上と同じくらい尊敬している兄に一人前の男扱いされてとても嬉しかったのです。

それを聞いて以来僕は奮起した。いつか公瑾を守れるくらい強くなってみせると。

だから、公瑾が『最近、仲謀殿は腕を上げられたね』と誉めてくれたときに、思わず言ってしまったのだ。

僕が公瑾より強くなったら僕のお嫁さんになってくれる?と。

それを聞いた公瑾は珍しく本気で驚いたようで、切れ長の瞳を丸くさせて何度もぱちぱちと瞬きしていた。

『仲謀殿…、残念ながら私は男だから…それは無理じゃないかな…』

僕は混乱した。あれ?じゃあ兄上が言っていたのは何だったのだろうと。
公瑾は、ぽかんとしている僕の目線に合わせてしゃがみこむと、僕の頭を撫でてこう言った。

『仲謀殿にそのようなつまらない嘘を言ったのは伯符かな?』

僕は兄上との男と男の約束を思い出し、言えないという意味で首をぶんぶん振る。

『男と男の約束…とでも言われた?ならば、私も男だし、教えてもらってもいいよね?』

公瑾はいつものように優しげな笑みを浮かべていたが、目が笑っていないとでも言うのだろうか、何となく恐かった。
僕はたまらず、こくりと頷くしかなかった。

蚊の鳴くような声で兄上が…と言われたことを話す。

黙って聞いていた公瑾は、兄上の姿をみつけるやいなや『伯符―!!』と本当に、これまた珍しく叫んで駆けていき、兄上はそんな公瑾の姿をみて脱兎のごとく逃げていった。

その後、兄上は散々母上に叱られていたのを覚えている。

兄上は一応、僕を励ますつもりで言ってくれたのだろうけど、一年近く兄上の嘘を信じていた僕は、未だにことあるごとく兄上にからかわれる。

でも、公瑾をお嫁さんにできないのは本当にがっかりだ…。
どうにかして、公瑾をお嫁さんにする方法がないかなと僕は今でも考えている。



TOP 小説TOP