誰が駒鳥殺したの 2「私は殿を…先君を失ったとき、自らを責めました。護衛としてついていながらむざむざと毒矢の餌食に…。自害をとも考えました。されど、公瑾殿のお言葉に目が覚めた思いでございました。亡き殿のご恩に報いる為にも、殿にお使えするのが、今の私にできる罪滅ぼしなのではないかと」 周瑜は、黒曜石の瞳をじっと太史慈に向け黙って聞き入っている。 「そう言ってもらえると、ありがたい。程公には…甘言を妄りにあやつるなと叱責されたが…」 程普と周瑜の折り合いの悪さは誰もが知るところである。 周瑜は古参の臣、程普に対しても常に一歩譲り相手を立てているのだが、それでも程普は周瑜をまるで嫌いぬいているかのように振る舞い、しばしば周瑜を悩ましているのを知っていた。 「程公には、私の本質がみえるのかもしれないな…」 「私は、先君が亡くなったというのに、一度も涙がでてこないのだ。殿のお嘆きようを鑑みる限り、私はよほど不忠の臣なのだろう…。どこかが、欠けているのだ。先君が亡くなられたというのに、私は今までと同様笑うことはできるのに、どうしても泣けないのだ。きっと、殿も私のそういったところを厭わしく感じ、あのような行為にでてしまったのだろう」 そう言って口角を僅かにあげた笑いを浮かべる。 周瑜のかつてどんな極上の玉よりも輝いていた、黒曜石の瞳は今は光を失い、虚無を湛えている。 こんな、昏い瞳をするものを太史慈は今まで見たことない。 戦場ではどんな敵でも恐怖を感じたことがないというのに、周瑜の瞳に浮かぶ虚無をみてしまった瞬間、思わず後ずさり、言葉を封じられる。 欠けているのではない、孫策の死によって周瑜の心と体を結び付けていたものが壊れてしまったのだろう。 言いたいのだが、喉が干上がったように上手く言葉がでてこない。だが、周瑜は太史慈の様子に気付いたふうもなく、何事もなかったかのように起き上がる。 そう言って口角を僅かにあげた笑いを浮かべる。
欠けているのではない、孫策の死によって周瑜の心と体を結び付けていたものが壊れてしまったのだろう。 言いたいのだが、喉が干上がったように上手く言葉がでてこない。だが、周瑜は太史慈の様子に気付いたふうもなく、何事もなかったかのように起き上がる。 「邪魔をした」 周瑜はそう言って臥牀から降りようとしたので、慌てて、引きとめ臥牀に戻す。 「公瑾殿!どういうおつもりか」 そう言って、周瑜の首筋に軽く手刀を当てるとかくんと太史慈の腕の中に崩れ落ちる。 「お願いです、公瑾殿。どうかもっと御自分を大切になさってください…貴方にまで何かあったら、亡き殿に私は合わせる顔がありません」 そっと臥牀へと横たえ、肩まですっぽりと上掛けをかけてやる。 無理やり眠りの淵へと落とされた周瑜は、何を思うのだろう。 「殿が十九であられると言うが、それを補佐すべくあなたとて十も違わないではないか…」 臥牀に眠る彼には、悲しんでいる暇もないというのだろうか。ひたすらに前だけをみなくてはいけない周瑜が哀れだと思った。 桜船の先端に立って指揮をとる姿はあれほど大きくみえたのに、支えた身体はとても軽かった。 かつて、孫策は周瑜のことをこう言った。『花にして花にあらず』と。 『あれは、ただ綺麗なだけの花じゃないぜ。まぁ、気が強いは意地っ張りだわで、俺でさえやり込められる』と。そう言う孫策は言葉とは裏腹に晴れやかで楽しげだった。 それを聞いた周瑜は『誰が花ですか!馬鹿なことばかり言ってないで、府にお戻り下さい。子布殿がかんかんです。とばっちりを食うのはごめんですよ』と返していた。 極親しいものの間にいるときだけは、主従の柵をこえて、時に子供のように他愛のない口を利いていた。そんな、戯れも二度と聞くことはできないのだ。 悲しい夢でもみているのか周瑜の閉ざされた瞳から、一筋の涙が伝い落ちる。 「眠っている間だけでも、貴方の心を悩ませるものがないといいのですが」 手折られた花が流す涙を指で拭ってやることくらいしか太史慈にはできない。 いつもは朝の訪れを告げる鳥のさえずりさえもすすり泣きのように感じ、おかしな思いに囚われたのだろうかと一つ頭を振る。 乱世の宿命とはいえ、天も酷なことをすると太史慈は明け始めた長い夜の終わりに思うのだった。
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