花散華 2

細い手首だと思った。男のものとは思えない、力を入れたら折れてしまいそうな細さに、孫権の身のうちに長年、埋火として燻っていたものが一気に燃え上がる。
そのまま乱暴に周瑜を床へと押し倒せば、反動で卓に置かれた酒筒が倒れる。
「何をなさいます!?」
流石に驚いたのか、周瑜は瞳を見開いて孫権をみる。
「衛士なら来ぬぞ。何があっても入るなと申し付けてあるからな」
倒れた際に周瑜の冠を止めていた紐は緩んでいた。冠を押しやり、そのまま、簪を引き抜くと長い黒髪が床一面に敷き詰められたように広がる。
「お戯れもほどほどになさりませんと…」
だが、驚きの顔をみせたのも一瞬で、怯える様もなく周瑜は変わらず冷静だった。
「戯れかどうか試してみるか?」
孫権は帯に手をかけ、周瑜の衣の合わせ目に手を差し入れ、白磁の肌を露にする。
流石にここまでくると、周瑜もどうにかして孫権を止めようともがくが常ならばいざ知らず、恐らく満足に食も取っていないであろう、痩せて力をなくした体では難しかった。
「私は昔から貴方に魅かれていた。公瑾…」

長年の想いを込めて囁くが
その言葉を聞いてもせめてもの意趣返しとでも思っているのか周瑜は頑なに顔を横に向けるばかりである。
抵抗するだけ無駄だと思ったのか、周瑜はだらりと四肢を投げ出し、孫権のするがままに任せている。
帯をすっかり解かれ、蜀台の薄明かりの中で初めてみる周瑜の肌は、明かりが作る陰影と相俟って妖しげで孫権は思わず喉を鳴らす。
やつれた様さえ、どこか退廃的な色香をかもし出すのだ。
「兄上が今の姿を見たら、何と思うだろうな」
孫策の名に僅かに周瑜は反応する。孫権は、手を滑らし、肌理の細かさを楽しみながら、その手は段々と下へと降りていき、周瑜の内腿へと手を伸ばす。
「私は、知っているのだぞ。公瑾。兄上との関係を」
孫権は周瑜の耳元に吐息を注ぐようにして、囁く。
「何を、おっしゃられるやら…」
ここにきてようやく周瑜の表情に微かな変化が見られた。黒曜石のような瞳が漸く、自分を見返したことに満足をしこれから告げる言葉を聞いても周瑜の取り澄ました容貌はそのままでいられるのかと孫権は暗い愉悦に笑みを浮かべる。
「春の宵、咲き誇る白木蓮。沈丁花の甘い香り…兄の腕の中の月明かりを浴びて乱れる貴方は美しかった。まるで貴方こそが大輪の花のようだった」
「…!」
周瑜の瞳が驚きに見開かれる。
「あのとき、私はまだ子供だった。だが、初めて兄に嫉妬を覚えた」

見られていたことに対する羞恥か周瑜の白い面が赤く染まる。

「兄上はもういない。だが私はここにいる。公瑾、私のものになってはくれぬか?」


孫権が周瑜の雄の中心に指を絡め、手を動かすと周瑜の紅い唇から仄かに吐息のような声が漏れる。胸に色づく突起を唇に含めばひくりと喉が動き、白い肌は汗ばみしっとりとした感触を伝えてくる。
触れれば身体は反応する。――だがそれだけだった。
周瑜は唇を噛締め、瞳を閉ざし決して乱れまいと己に固く誓っているようで、若い孫権は焦れる。

「公瑾!
何故、何も言わぬ!」
だが、苛立ちをぶつけてみても周瑜は沈黙を貫くばかりで、何も返そうとしない。

「それほどまでに兄上が忘れらぬというのか!」


頑なな周瑜の態度に孫権は、瞼の裏が真っ赤になったような怒りを覚えた。伏している、周瑜の片足を引き寄せ肩に担ぎ上げると秘められた蕾を慣らしもせずに貫く。
「…ッ!」
「くっ…!」
無理な挿入に周瑜の身体が悲鳴をあげる。ぬるりとした感触は血だろうか。
血の臭いに酔ったのか、孫権は身動きもできないほどきつく狭い箇所を無理に押し広げるようにして、腰を進める。
孫権の熱の塊に絡み付いてくる襞に、我を忘れて溺れる。
何度も腰を突き上げる度、腕の中の周瑜の身体は嵐に揉まれる花のようにがくがくと震える。
やがて孫権が絶頂を向かえ、中に精を放つと周瑜の身体が耐え切れずに崩れ落ちた。
解放を迎えた孫権の雄を引き抜くと中からどろりとした白いものに赤が混じっている。

周瑜は青冷めた顔色を通り越しほとんど、白に近い顔色をして尚、行為の間声をあげることはなかった。
「公瑾、私はずっと貴方を思い続けてきた!幼い頃からずっとだ!それなのに何故こうも拒む!!」
ぽたりと周瑜の胸に水滴が落ちる。
「何を…お泣きに…なっておられるのですか?」
周瑜に言われ、孫権は初めて自分が泣いているのだということに気付いた。
見下ろす周瑜の表情はこんなときでも尚、美しい。
周瑜は手を伸ばし、ほっそりとした指先で孫権の目元の涙に触れる。
「私は…泣けないのです」
先程までの無体な仕打ちに対する非難の言葉はない。ただ、純粋に孫権の涙が不思議で仕方がないといった感じであった。
「笑うことはできるのです。ただ、どうしても涙が出てこないのです」
周瑜は訥々と言葉を紡ぐ。
「伯符の前では、泣くことができたのに、何故なのでしょうか?」
ぽつりと独り言のように呟かれた周瑜の言葉に、孫権は胸をつかれた。自分の言葉は一つとして周瑜の心に届いてはいなかった。
作り物めいた美しい顔に情後の色はない
言ってみれば、食事をとる、書を読むといったことと変わらない、ただ身体を重ねただけ。

こうなったのはちょっとした不幸な事故だとでもいいたげな、その事実に孫権は愕然とする。

「殿もお疲れでいらっしゃる」

周瑜はそう言って、身を起こす。殿という決して孫策には使わなかった名称。
流石に身体がつらいのか緩慢な動作ではあったが、衣を合わせ、乱れた髪を結い身支度を整える。

「殿、私は殿の忠実な臣です」

周瑜の唇から零れるのは残酷な言葉。
それが周瑜の答えだった。

「今宵のことはきっと悪い夢でもみたのでございましょう」

全てをなかったことと言い切り、拱手をすると無理やり手折った花は室をでていった。
嵐に揉まれても、頭をあげて凛と美しく咲き誇る花は兄だけの華だったのだ。

「花盗人は罪にならず…か。兄上、本当に貴方が羨ましいと心から思いますよ」

『仲謀殿』と周瑜の唇から琴を奏でるごとくの声で呼ばれる名が好きだった。
それだけで、心が震えたものだった。だが、それも兄の死と共に失われた。

「兄上、貴方は残酷な方だ…」

孫権は後から後から溢れ出る涙を拭うこともせずに、今はどこにもいない兄に語りかける。

兄は周瑜の心を奪ったまま、彼岸へと旅立っていったのだ。

残されたもののことなど考えずにただ自由な一陣の風のようにー。



                            




色々痛い権瑜。兄へのコンプレックスと周瑜への恋慕がない混じって、暴走する弟がかきたかったのです。権の初恋は周瑜だと思う。イメージとしてはちょっと源氏と藤壺のような??さしずめ『私は貴方の義兄なのですよ!』といったところか(笑)



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